『風の歌を聴け』村上春樹の書評です
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『風の歌を聴け』村上春樹

 ここ数年、毎年のようにノーベル文学賞候補に村上春樹の名前が上がるので、仕方なく読んでみることにした。Amazonで検索してみたところ、デビュー作の『風の歌を聴け』が文庫で400円と安かったのでさっそく購入。

 この処女作、Wikipediaで調べてみたところ村上自身は、どうやら失敗作と考えていたらしい。まぁでもページ数も少なく簡単に終りそうなのでサラッと読んでみた。村上がスコット・フィッツジェラルドやレイモンド・チャンドラーらに影響を受けたというのは有名な話だが、読んでみて「あぁなるほど」と得心がいった。

 文章は読みやすいし、表現が独特で楽しめる。いろいろと工夫が凝らされていて、そういう点でも感心できる。物語のところどころで現われるモノの見方、考え方にはやはり非凡なものが感じられる。

 だが、残念ながらストーリーや全体の雰囲気には、私自身はなじめなかった。大きな声では言えないが、ほぼ9割方読み終わった頃には、もしかすると村上春樹って、ただ単に文章がうまいだけの変な奴なんじゃないか、という疑念さえ感じてしまった。

 まぁ、だけどこの作品を読んで、村上春樹に熱狂的なファンがいる理由はなんとなくわかったような気がする。本作は、傑作とは言えないかもしれないが、読んでおいて損はない作品であることは確かである。

風の歌を聴け
1979年6月、文芸誌『群像』で発表
書  籍:2013年3月1日第34刷(講談社文庫)
出版社 :講談社
ページ数:160ページ(あとがき含む)

ここからは小説の内容について触れるため「ネタバレ注意」。まだ本書を未読の方は読まないでください。すでに読み終わった人は、自分の感じ方と私の感じ方の違いなどを比較しながら読むと、少し楽しめるかもしれません。

01
小説には小説だから通用するリアリティというのがある。村上春樹は、そこらへんを創り出すのがうまいな。

02
P.30
文明とは伝達である、と彼は言った。もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同じだ。いいかい、ゼロだ。
確かにその通りだと思う。

03
P.31
医者の言ったことは正しい。文明とは伝達である。表現し、伝達すべきことが失くなった時、文明は終る。パチン……OFF。
村上はいろいろ実験的な表現をするらしいが、それは処女作から現れてるのか。

04
P.35
海ばかり見てると人に会いたくなるし、人ばかり見てると海を見たくなる。変なもんさ。
確かにそれは言える。読者の共感を得るのがなかなかうまいね。

05
P.36
そのかわり床に君が転がってた。
まぁ、絶対にないとは言えないが、まずないシチュエーションだよね。でもこういう意外性を持ってくるところはうまいな。思わず「わけね〜だろ」て笑っちゃうもんな。 

06
【42ページまでのあらすじ】
物語は1970年8月8日〜8月26日までの話。
僕は物書きであるらしい。

僕と鼠は大学の同級生らしい、そして遊び仲間であることの説明。
遊ぶ場所はジェイズ・バーだ。

僕は小さい頃ひどく無口だったらしい。しかし、14歳になった春、堰を切ったように話だし、三カ月しゃべりまくったあと平凡な少年になった。

その後僕はジェイズ・バーで、左手の指が4本しかない女の子と出会う。

驚いたことに、たったこれだけである(笑)。

07
P.47
「構いませんよ。おかげでずいぶん体が軽くなった。」
僕がジェイズ・バーで見知らぬ女に小銭をあげたときに言った言葉。
やっぱり村上はハードボイルドにあこがれてるというか、かぶれてるって言った方がいいか(笑)。
でも、そのうちに何でこの女が小銭を欲しがったか、その理由がわからない若者が現れるよねきっと……。

08
P.48
ジョニー・アリディやアダモ、ミシェル・ポルナレフなんかがあちこちに出てくるのも村上の特徴かな。
言い方が悪いが、ちょっと外国かぶれという感じがするな。

09
P.52
11章
いきなりラジオがONになり、DJが始まる。そしてラジオOFF。そして、どこかのクラブの店内にいるカップルらしき二人の会話。そしてもう一度ラジオのオン、オフがあり、DJのセリフ、そして二人の会話。11章はそれだけで終る。

何の意味があるのかは不明だが、手法だけは新しいな(笑)。

10
P.58
「僕」にしゃっくりの止まらなくなったラジオ局のアナウンサーから電話がかかってくる。

なんでも「僕」にリクエスト曲をプレゼントした女の子がいるらしい。曲はビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」。しかし、「僕」には誰がプレゼントしてくれたかわからない。

かろうじて思い出したのが、修学旅行のとき落としたコンタクトレンズを捜してあげた女の子。お礼にビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ」のレコードを貸してくれたが、「僕」はそのレコードをなくしてしまって返していない。

ふ〜ん、これって何か意味のあるエピソードなのか?

11
P.61
13章は、いきなりビーチ・ボーイズの歌詞、ただそれだけ。

14章は、ラジオ局から送られてきた賞品のTシャツのことだけ、しかも2行。

ここらへんのことも、この作品にちゃんと関わってくるのだろうか?

12
P.63
「僕」は左手の小指がない女の子と再会する。
彼女はレコード屋の店員だった。
そこでレコードを3枚買って、彼女を食事に誘うが断られる。

なんかストーリー展開がご都合主義だな。

13
P.67
「僕」と鼠の会話が不自然。
友だちに向って「あんた」とは言わんだろ。

14
P.68
「僕」は鼠にレコード屋で買ったプレゼントを渡す。

「ベートーベン、ピアノ協奏曲第3番、グレン・グールド、レナード・バーンステイン。ム……聴いたことないね。あんたは?」
「ないよ。」
「とにかくありがとう。はっきり言って、とても嬉しいよ。」


なんだよ、このやけっぱちな二人は。

15
P.69
ビーチ・ボーイズのレコードを借りた女の子を捜すが見つからない。どうやら病気で大学を中退したらしい。

ここでも話は宙ぶらりんという印象。

16
P.74
「僕」は21歳になる、とはじめて明かされる。
今までに三人の女の子と寝たらしい。
19章でその三人について説明するのだが、これは必要なのか?

17
P.77
20章は、レコード屋の女の子とのデート。
彼女の一家が離散したこと、指が掃除機のモーターで切断されたことなどを話すがたいした内容はなし。
「僕」は東京の大学で生物学を専攻しているらしい。

18
P.85
レコード屋の女の子からビーフ・シチューを作りすぎたから食べに来いという誘いがある。
まぁ、これはいいとして、21歳の「僕」は冷えたワインを二本買って持っていく。

21歳男子は、たぶんこんなことやらないぞ。 

19
P.89
おおっ、はじめて役立つうんちくが……。
レコード屋の女の子が、昨日見たテレビの話をするくだり。

「ねえ、パスツールは科学的直感力を持っていたのよ。」
「科学的直感力?」
「つまりね、通常の科学者はこんな風に考えるのよ。AイコールB、BイコールC、故にAイコールC、Q・E・D、そうでしょ?」
 僕は肯いた。
「でもパスツールは違うの。彼の頭の中にあるのはAイコールC、それだけなのよ。証明なんて何もないのね。でも、彼の理論の正しかったことは歴史が証明したし、彼は生涯に数え切れないくらいの貴重な発見をしたわ。」
「種痘。」
 彼女はワイン・グラスをテーブルの上に置き、あきれた顔で僕を見た。
「ねえ、種痘はジェンナーでしょ? よく大学に入れたわね。」
「……狂犬病の抗体、それに減温殺菌、かな。」
「正解。」

※Q・E・D
数学、哲学などにおけるQ. E. D. はラテン語の Quod Erat Demonstrandum(かく示された)が略されてできた頭字語。証明や論証の末尾におかれ、議論が終わったことを示す。(Wikipediaより)

20
P.90
そして僕は機動隊員に叩き折られた前歯の跡を見せた。

およそこの主人公は、こういうタイプには見えんがな。

21
P.92
「何故いつも訊ねられるまで何も言わないの?」
(中略)
「なおさないと損するわよ。」


こういう傾向は私にもあるかもしれない。
でも、いちいち言うのがなんか「いいカッコしい」のように思えてやなんだよね。
村上もきっと実生活で誰かに言われたんだろうね。

22
P.95
人間のレーゾン・デートゥルの話。
レーゾン・デートゥル=存在理由。

何か深い話なのかと思ったら、中味は何にもなかった。
ただ、「僕」が三番目に寝た女の子は、「僕」のペニスのことをレーゾン・デートルと言ったらしい。まぁ、こういう話の時にわかりにくい言葉を使うのはありかな。

23
P.100
彼女は決して美人ではなかった。しかし「美人ではなかった」という言い方はフェアではないだろう。「彼女は彼女にとってふさわしいだけの美人ではなかった」というのが正確な表現だと思う。

この考え方、表現はちょっといいな。

24
P.101
三番目の彼女が死んだ(たしか自殺だったな)話。

何故彼女が死んだのかは誰にもわからない。彼女自身にわかっていたのかどうかさえ怪しいものだ、と僕は思う。

確かにそういう自殺者もいるのかもしれない。重要な考えを作品の中にサラッと入れこむのはうまいな。

25
P.103
夢を見たのは久し振りだった。あまり久し振りだったので、それが夢だと気づくまでにしばらく時間がかかった。

村上には、この手の笑えないジョークもどきがけっこう多い。

26
P.105
ある年の夏(いつだったろう?)、夢は二度と戻っては来なかった。

だせえ、村上……ださすぎるぞ。大人になったことを暗示したかったんだろうけど……むちゃくちゃだせえ……(笑)。 

27
鼠と僕の関係性がブレてる気がする。
もちろん明確に書いてありはしないが、物語当初では鼠と僕は大学の同級生という感じだった。
それがこの物語後半では、地元の遊び友だちになっている。

村上春樹自身が失敗作というのはこういう部分が関係しているのだろうか。

28
P.113
かつて誰もがクールに生きたいと考える時代があった。

ぷっ。まぁ、確かに若い頃はそういうことも考えるさ。でも、作品中でこんなこと書いちゃうのはまずいような気がするなぁ、あまりにもクールとはかけ離れてるぜ(笑)。 

29
P.117
鼠が小説のことについて語ったことば。

「良い小説さ。自分にとってね。俺はね、自分に才能があるなんて思っちゃいないよ。しかし少なくとも、書くたびに自分自身が啓発されていくようなものじゃなくちゃ意味がないと思うんだ、そうだろ?」

30
P.119
これも鼠が小説のことについて語ったことば。

「文章を書くたびにね、俺はその夏の午後と木の生い繁った古墳を思い出すんだ。そしてこう思う。蝉や蛙や蜘蛛や、そして夏草や風のために何かが書けたらどんなに素敵だろうってね。」

これらはたぶん村上自身の考えだろうね。

31
P.121
「でもね、よく考えてみろよ。条件はみんな同じなんだ。故障した飛行機に乗り合わせたみたいにさ。もちろん運の強いのもいりゃ運の悪いものもいる。タフなのもいりゃ弱いのもいる、金持ちもいりゃ貧乏人もいる。だけどね、人並み外れた強さを持ったやつなんて誰もいないんだ。みんな同じさ。何かを持ってるやつはいつか失くすんじゃないかとビクついてるし、何も持ってないやつは永遠に何も持てないんじゃないかと心配してる。みんな同じさ。だから早くそれに気づいた人間がほんの少しでも強くなろうって努力するべきなんだ。振りをするだけでもいい。そうだろ? 強い人間なんてどこにも居やしない。強い振りのできる人間が居るだけさ。」

内容についての賛否は、まぁ置いとくとして、こういうところの表現は確かにうまいな。

32
P.122
デレク・ハートフィールドに関する記述は不要だな。

ひねりたいという村上の気持ちはわかるが、ちょっとやり過ぎ。特に以下の部分。

彼が一番気に入っていた小説は「フランダースの犬」である。「ねえ、君。絵のために犬が死ぬなんて信じられるかい?」と彼は言った。

火星人の話(P.125〜)はちょっと面白いけどね。

33
P.131
嘘をつくのはひどく嫌なことだ。嘘と沈黙は現代の人間社会にはびこる二つの巨大な罪だと言ってもよい。実際僕たちはよく嘘をつき、しょっちゅう黙りこんでしまう。
しかし、もし僕たちが年中しゃべり続け、それも真実しかしゃべらないとしたら、真実の価値など失くなってしまうのかもしれない。


この考えもおもしろい。村上ファンは、こういうところに反応するのだろうか。

34
P.135
もしかすると村上って、ただ単に文章がちょっとうまい変な奴なんじゃないのか。

どうも村上が書いていることは、本当なのかでまかせなのか、真面目なのかふざけているのかが判然としない。

それを村上のファンがただ喜んでいるだけじゃないのだろうか。

いや確かに面白いところやナルホドってところはあるんだが……。

35
P.140
「嘘なんて本当につきたくなかったのよ。」

なるほど、レコード屋の女の子は鬱かなんかで入院していたのか……。
上記のセリフがそれを暗示していたとするなら、相当うまいな、村上。

36
P.143
「手術したばかりなのよ。」
「子供?」
「そう。」


ちっ、35で褒めて損したぜ。村上、へたっぴぃだぞ。 

37
P.146
37章のDJの話で「僕」が昔レコードを借りた女の子の消息がわかる下りはなかなかいいな。

DJの最後のセリフもなかなかだ。

この曲が終ったらあと1時間50分、またいつもみたいな犬の漫才師に戻る。
御清聴ありがとう。

38
P.152
ジェイズ・バーのカレンダーに書かれていた格言。
「惜しまずに与えるものは、常に与えられるものである。」

村上、やっぱりちょっと歪んでるだろ。

39
P.153
なんで後日談なんか書いたんだよう。

40
P.157
「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか。」

ニーチェのことばらしい。ホントか?

41
P.158
あとがきまでふざけてる。
ま、気持ちはわかるけど……。

でも、やり過ぎ(笑)。 

もしかすると村上春樹は、スネ者文化の代弁者なのかな……?


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