1本の木の両側に動物が配された伝統的な図像モチーフは、広く「命の木」とよばれている。このモチーフは中期アッシリア時代だけでなく、メソポタミアで古くから好まれていたが、メソポタミアの文献に「命の木」という語は見あたらない。おそらく旧約聖書の「創世記」3章24節にある、楽園を追われた人間が近づかないようにケルビムによって守られたとされる「命の木」のイメージから、このメソポタミアの図像モチーフの名称になってしまったのである。
メソポタミアのなかでも、時代と地域によって異なる様式が認められる。また木や動物の種類も異なっている。いずれにしても動物はその木を守っているわけではない。元来は草食動物とその餌としての植物が描かれていた。その後、メソポタミアから長い時間をかけて東西へ伝播していったが、東方へ伝えられた例のいくつかは、正倉院宝物のなかに見られる。しかし日本では中心のはっきりした左右対称の図像が好まれなかったせいか、このモチーフは定着しなかった。